2015年11月23日

県大会でお寄せいただいたご感想

お疲れ様でした。とても感動しました。戦争というテーマの中でも新しいものに気がつけました。すてきな演出が沢山あって勉強になりました!! すてきな1時間をありがとうございました。千葉女子
去年も成国さんの劇を観てすごく感動したのですが今年も涙が出ました。ふみえさん役の方は、部員ではないのに、演技が迫真でした。まるでお二人が本当にふみえとさとこのようでした。ひたすら会話劇で難しかったと思いますがお疲れ様でした。
お疲れさまでした。本当にリアルでとり肌がたちました。これからも頑張って下さい。
誰もが違う物語を観たと、そう思いました。浸って、トリップする事ができました。幸せです。ありがとうございます! 市川昴
おつかれ様でした。去年と同じで人数の少ない劇で2人しかいないのに、視線を引きつけられました! 幕総
とにかくキレイな舞台でした。まくあいとうろんの時の話を聞いて強いなって感じました。これからも頑張ってください!
おつかれさまでした! 演技も素晴らしく、照明、音響もきれいでした! 木更津総合
おつかれ様でした!! 2人の演技かすばらしく、よかったです。照明、音響もよかったです。
おつかれ様です。すごく色々なことを考えさせられました。
お疲れ様でした。2人の距離や空間の使い方、全てがとても美しかったです。今年も本当に素敵でした。幕張総合
おつかれ様でした! 昨年も観させていただきたのですが、今年も本当にステキでした! 言葉がでてきません。市川昴
おつかれさまでした! 文化祭の時は4人いたのに、また1人になってしまったんですね…。昨年の1人8役もすごかったけれど、今回の2人芝居も、いろいろなことを考えさせられる劇でした。演劇部員ではない佐伯さんは、いろいろ大変だったと思いますが、中村さんにひけをとらない、立派な演技だったと思います。これからの活躍に期待します。もう1回、龍ケ崎で成国の演劇が見たいです! かくれ成国ファン
お疲れさまでした。〔ラストシーンでは〕知らぬ間に涙が出てました。これからもよい作品つくって下さい。成国保護者
本当に素晴らしかった。胸を打たれました。泣きました。ありがとう。
おばあちゃん役の人が演劇部でないという衝撃…。後半の〔衣装〕がすごく鮮やかに見えました。
おつかれさまでした! 電球ふたつの照明を使った演出とてもすきです!
2年連続出場おめでとうございます。去年南関東で観た「繭の中」があまりに良かったので、今年も劇を拝見できると知り、東京から千葉県大会をみに来ました。いろんな「白」を描かれる中で最後の青空と白い〔衣装〕がとても美しいです。いつも本当につらい物語で(部活からのいじめの話は身をよじる気持ちになりました…)それを、それでも克服してゆく人の優しさ強さ切なさが強く響きます。30年後も生きつづける今の少女、30年生きつづけた昔の少女、すべての人に幸いあれと思いました。ありがとうございました。追記:今年も茨城の舞台でもう1回みたいです!
posted by コモン at 23:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

関東大会出場!

11月20日(金)21日(土)22日(日)、第68回千葉県高等学校演劇研究中央発表会が行われ、『ジャスミンティの頃』(伊三野友章+成国演劇部=作)を上演した本校が優秀賞第1席・全国高等学校演劇協議会会長賞、ならびに創作脚本賞・舞台美術賞を受賞し、第51回関東高等学校演劇研究大会(南会場)に出場することになりました。なお第51回関東高等学校演劇研究大会は、2016年1月30日(土)31日(日)の2日間、龍ケ崎市文化会館にて行われます。
posted by コモン at 21:23| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

『ジャスミンティの頃』のできかた

戦後70年にあたることしの、成田国際高校の文化祭テーマは、ピース。カタカナで、ただ、ピース。ふたつのピースを掛けて、ピース。へいわ、を意味する、Peace、と。かけら、を意味する、Piece、と。副題が、We are a Piece of the Peace。つまり、へいわを形づくるのは、わたしたち一人ひとり。という意味だ。

生徒会本部は、戦争体験者の方々のおはなしをうかがい、文化祭当日「ヘイワ×ミライ」と題したブースで発表する、という企画をたてた。

むずかしかったのは、やはり、おはなししてくださる方々をみつけること。戦争を体験された方々は、だんだん少なくなってきているし、それにまた、たとえさがしあてても、ご高齢ゆえ、必ずしもおはなしをうかがえるとは限らない。だからじっさい、とおく山武市の公民館まで出かけていったり、学校や公民館においでいただくのもむりな場合はご自宅におじゃましたり。

山武市のTさん。少年のころ、米軍の戦闘機から機銃掃射をうけた。友だちとふたり、ぱっと河原に伏せた。助かった、と思って顔をあげたら、1メートルとはなれていないところで友だちは息絶えていた。

佐倉市のHさん。ちなみに戦時中は、成田市にお住まいだった。女学校に入学された年の12月に太平洋戦争開戦。卒業された年の8月に終戦。つまり、女学校時代のまるまる4年間、戦争のまっただなかだった、ということになる。出口がみえなかった。いつか戦争が終わるなんて想像することさえできなかった。そりゃそうだ、と思う。小学校のときには日中戦争がはじまっている。戦争でない状態のほうがふつうでなかった、ということなのだろう。
だから、とHさんはおっしゃった。だから、将来のことなんて考えられなかった。だから、夢なんて持てなかった。

−−だから、とHさんはおっしゃった。だから、夢を持てる今の若いひとたちは、夢をお持ちなさい。おっきな夢を。

Hさんのおはなしをもとに、文化委員の花澤くんが歌をつくった。文化祭のテーマソングである。題して、『いつの日も』。

♪未来つくる僕らが/いつの日も笑えるように/さあ未来つくる僕らで/いつの日も夢叶えられるように

『ジャスミンティの頃』も、TさんやHさんのおはなしが下敷きになっている。それから。夏休み中、中村と佐伯といっしょに読んだ、あまたの戦争関連の書物。なかでも脚本の方向性を決定づけたのは、『ひろしま』という写真集との出会いだった。写真家・石内都さんが撮った被爆遺品たちの写真集である。被爆遺品たち、といった。たんなるモノではない。あの瞬間までそれらを身につけていた人たちの存在を開示する、遺されたモノたち。たとえば、焼け焦げた、花柄のワンピース。美しすぎるがゆえに、つらく、また、せつない。

縁があって、成田市主催の「折り鶴平和使節団 長崎訪問報告会」に招かれ、そこで花澤くんと仲間たちとで『いつの日も』の歌を披露した。歌にさきだって、花澤くんが語ったことば−−。

「戦争を体験した方々が少なくなってきているなかで、戦争を体験したことのない僕たちがいま、その記憶や思いをうけ継いでいかなければなりません。でも、それだけでは足りないと思うんです。なによりもまず僕たちが、しあわせにならなくちゃいけないと思うんです。そして、そのしあわせを、この、いまのへいわを、ちゃんと、つぎの世代にうけ渡していかなくちゃいけないと思うんです。」

ひろしま -
石内都『ひろしま』
posted by コモン at 16:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする