2018年01月29日

公演に寄せてC「わからなさ」(伊三野友章)

わからなさ
千葉県立成田国際高等学校演劇部顧問・伊三野友章

この芝居をみたクマさん(仮名)から、これは演劇ですか何ですか、と聞かれて、うーん何なんだろう、と自分でも思った。またクマさんは、わからなさがわかる、ような気がしたという。クマさんには、中3の娘さんがいる。その娘さんのわからなさが少しわかったような気がしたというのである。
わたしも、この3人の関係がよくわからない。
わからないから、むろんわかろうとはするものの、それでもやっぱりわからないものはわからないので、少なくとも、わからないからといって、わからないのにわかったフリをしたりわかった気になったりはせず、わからないならわからないなりにそのわからなさをそのまんま舞台に上げてみようと思った。
この芝居をみて、だから何かがわかったりはしないと思う。でも少しは、わからなさがわかればいいなと思う。
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公演に寄せてB「終わり」(笠井瑶)

終わり
千葉県立成田国際高等学校2年・笠井 瑶

私にとってミクとチナツは、宇宙人です。最近、これが終わったらもうこの宇宙人2人と帰ることもなくなるんだなってよく思うようになりました。ずっと見えなかった終わりはいつのまにかすぐそこにあって、だんだん時間の流れがゆっくりに感じられて、そういえば私、元々1人だったんだと思い知らされます。
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公演に寄せてA「大切なもの」(赤尾千夏)

大切なもの
千葉県立成田国際高等学校2年・赤尾千夏

寂しさとは一体何なのかよくわかりません。どうして関係を失うことが悲しいことなのかわかりません。いきなりですが、私の家の犬の話をします。昔、私の家の犬が死にました。祖母の腕の中で眠るように死にました。祖母と姉はひどく泣いていました。私は泣きませんでした。私がそのとき感じたのは焦り≠ナした。全く気持ちが動かなかったのです。私はそのことに焦りました。この状況では悲しむことが正解だとわかっていたけれど、私には姉や祖母が大げさに泣いているようにさえ見えました。そして私はその自分の不正解さが怖くなりました。同時にまた私は自分が今まで寂しいという感情を感じずに生きてきたことに気づきました。学校でのクラス替えのときも。ずっと続けていた塾をやめるときも。小学校からずっと一緒にいた友達と別れるときも。私は薄情なのかもしれません。そうでなきゃ本当に大切なものを失ったことがないのかもしれません。けど今では、私は寂しいという感情を理解したいと思っています。そう思うようになったのは、私が高校で演劇部に入ったことがきっかけです。夏からこの劇に関わってきて、劇のことをみんなで考える中で、私自身も少しは自分のことを理解できるようになってきたからだと思います。だから私はこの劇を、私にとって寂しさを感じるくらい大切なものにできたらと思っています。
posted by コモン at 11:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする